村上超魔王のコラム1
勝手なケイブ作品論
ここではケイブが製作したシューティングゲームを「ケイブ作品」と呼ぶ事とする。
「ケイブといったらシューティング」という図式が自分の頭の中にあるからだ。
1997年の大ヒットアーケードゲーム『怒首領蜂』で「弾幕シューティング」という単語をアーケード業界に定着させ、
過去のシューティングゲームの常識を完全に覆した業界屈指のシューティング職人・ケイブ。
『怒首領蜂』には今までのシューティングには無かったであろう「弾幕」という思想や
それに耐えうるだけのゲームシステムやゲームバランス、シューターやゲーマーを熱くさせるスコアシステムに、
敵の爆発パターンをはじめとする演出面も安定して非常に派手で爽快感をさらにアップさせていたり…。
そういったありとあらゆる部分のスタイルは初期の頃からほとんど完全と言っても良いほど確立されていた。
…と、そこまでは硬派なアーケードゲーマーなら誰もが知る所であろう。
しかし、ケイブは様々なシューティングを発表していくうちに上記以外のスタイルをも確立していたのだ。
ケイブ作品に愛着を持ち、実力はともかくとして大体の作品をプレイしたからこそ、自分はそう思う。
これは単なる持論に過ぎないのだが…その根拠を今から挙げ、説明していきたいと思う。
実際に歴代ケイブ作品をある程度プレイしている人にしか分からない様な
書き方をしている部分が多々ある気がするので、そういった部分は覚悟してから読んで頂きたい。
そう、ケイブ作品の2・3作品分のプレイ情景を頭に同時に浮かべながら…。
★ゲーム展開の「お約束」
ケイブのシューティングのほとんどは安心・安定して楽しめる代わりに
ゲームやステージ・BGMなどの展開に誰もが馴染める様な「お約束」が作り出されているように感じる。
その「お約束」は悪くないどころかむしろ最高だと言ってもいい。
…しかし、全体的にその「お約束」に捉われがちな感じが少ししてしまう。
ケイブ作品における「お約束」がどういった感じのモノなのか、思い出してみよう。
====ステージ内での展開====
ステージ開始直後は無防備なザコ敵がウロついているだけで、作品毎のスコアシステムにもよるが
単なるコンボなどのシステムの準備体操や練習台・ステージ毎の目覚まし程度に過ぎない場合が大半。
BGMもいかにもイントロ然としている。
↓
少々進むとアイテムキャリアーがパワーアップアイテムを運んできて、本格的な戦いがスタート。
それと同時にBGMはイントロを抜け、本格的な展開に入り始める。
↓
BGMがステージ中で最高に盛り上がる…歌でいう「サビ」に入ると同時くらいのタイミングで
ちょうどアイテムキャリアーが飛来しつつ中ボス戦へと突入。
粘ったりせず普通に中ボスと戦えば、その「サビ」が落ち着いた辺りで中ボスを撃破し終える。
↓
中ボス戦直後は必ずと言ってもいいほどの割合で小型ザコラッシュが十数秒。
ザコラッシュが収まった途端に大型機ラッシュになり、ボス戦が近い事を予感させる。
BGMのサビが落ち着いてアウトロに近づくにつれ、そのラッシュも落ち着いていく。
↓
BGMが1ループする直前や直後になると敵がアイテムキャリアーのみになる。
そしてBGMは鳴り止み、ステージボスが登場する。
↓
ステージボスの第一形態の最初の攻撃は「弾幕」とはちょっと違うようなジャブ。
第二形態に移行して最初の攻撃はまたジャブだが、その次からボスが繰り出す攻撃は強力になる。
体力ゲージが残り少なくなり、ボスが最終形態に移行すると「そのボスがそのボスたる証」とでも
言えるような非常に特徴的で且つ強力無比な弾幕をソレ1種類のみ、撃破されるまで展開し続ける。
また、ボス相手にしっかり撃ち込んでいれば曲が1ループしたあたりで決着がつく。
====面数における雰囲気・イメージ====
−1面−
物語や戦いの開幕であると同時にゲームの舞台の入口であるであるため、敵の配置は大人しい雰囲気。
「激しい戦いが繰り広げられる最前線よりも離れた砦」といったイメージだ。
主人公側が急に攻めて来たから迎え撃つ準備があまり出来ていないという事なのだろうか?
敵も「弾幕」と呼べるような攻撃は大型機がちょっと繰り出してくる程度で、他はパラパラと弾を吐くだけ。
ゲームでも掴みというモノは大切なのか、BGMはやや明るくややノリ気味…という感じ。
ボスは他のステージのボスの様にデカいが、デカいだけで攻撃は地味な半弾幕がパラパラという程度。
−2面−
「1面はあくまでも練習面」とでも言わんばかりに急に中型機以上の敵の攻撃が「弾幕」と化し、
1面と全く同じノリでプレイしたり稼ぎに走ったりするとタコミスの原因になりやすい感じになる。
ステージは最前線や基地付近を正面から突っ切るというイメージの背景である事が多い。
中ボス戦直後の「ザコラッシュ→中型機も混ざるザコラッシュ」という展開が非常に顕著なのは大抵この面。
スコアシステムを理解していて、少しは稼げるプレイヤーがエクステンドする点を出せるようにとの配慮だろうか。
BGMは前半は落ち着いていても中ボス戦で一気に盛り上がり、その後のザコラッシュで余韻を残しつつ
ラッシュが落ち着いて敵の数が少なくなると再び落ち着いてボス戦を迎えることとなる。
ボスはゴツゴツした巨大戦車などの、1面ボスとはうって変わり非常にどっしりしたイメージの重厚な兵器。
第一形態あたりの攻撃は1面ボスよりも強力という程度で半弾幕とでも呼ぶべき状態だが、
1面ボスでは貧弱だったはずの最終形態での弾幕はまさに、「弾幕シューティング」と呼ぶべき弾数だ。
この面からボス戦直前のアイテムキャリアーはパワーアップ以外にもボムも落とすようになる。
また、パワーアップしていくと2面の最後のアイテムでフルパワーになるケースが多い事から、
「2面ボスからが本当の弾幕シューティングだから気合を入れてプレイして欲しい」というスタッフの心の声を感じ取れる。
−3面−
掴みとばかりにやや簡単でありながらも派手さや爽快感などを押し出していた1・2面からイメージが一転、
空や海などがメインだったり夕焼けになったりといった背景的な気分転換が大袈裟になされる。
BGMでもそれは例外ではなく、1・2面とは全然違うイメージの曲になる事がほとんど。
小型機がこの面から突然弾を出す量が強化されたり、少々厄介な新登場のザコが用意されたりする。
トリッキーな攻撃を仕掛けてくる中型・大型機も現れ、ザコが強化されると同時に配置もいやらしくなるので
段々とパターンを覚えることが必要になってくるという事を無意識のうちに思い知る事となる。
また、ステージ後半で1UPアイテムが用意されているのもこの面か4面あたりではないだろうか。
3面ボスは2面とは正反対に軽快なイメージのシルエットや装飾を持つボスであることが多い。
また、3面ボスあたりから本格的に全ての攻撃が「弾幕」と呼ぶべき弾数となるほか、
ほとんどの攻撃が中型・大型ザコとは質が違う、なにやらトリッキーな攻撃になる。
特に最終形態の攻撃は初見では思わずボムボタンを構えてしまうような不思議な攻撃である。
難度的には、中級者は3面までをノーミスでクリアする事が目標となる。
−4面−
ステージの背景がいかにも「敵方の重要拠点へと接近している」感を漂わせる背景になり、
3面までとは雰囲気の質がまるで違ってくるだけでなく背景による演出もどこか凝っている。
BGMは3面とは反対のイメージの曲になる。
この面からは小型機1機1機が結構な量の弾を吐くうえに大群で攻めてくるようになる。
ザコを撃ち漏らして大暴れさせてしまうと、「物量×個々の圧倒的な弾数」という掛け算に押されて詰んでしまう程。
…つまり、「殺られる前に殺れ」というような本腰を入れたパターン化がこの面から必要になるのだ。
「絶妙に避けられる様に作られた弾幕を避け、爽快感を得る」という事とは正反対の
「小型機相手といえども後の先に回れば落とされる」というケイブ作品のもう一つの顔が浮かぶ。
また、パターンだけではなく切り返しなどもちゃんと出来ていないとボムとミスを積み重ねるハメになる。
本当に「弾幕シューティング」を、「その作品」を理解しているかどうかを4面で問われ、ふるいに掛けられるのだ。
小型機が一気に脅威の存在になるだけでなく中型機・大型機にも少々厄介なモノが揃い始めるため、
段違いの難しさになってしまい「初心者」として生き残る事はもはや不可能。
スコアシステムを理解している人は、2面に続いての2回目のエクステンドをこの面の道中で達成できるはず。
4面ボスは全てのボスの中で見た目も弾幕も一番の個性派である事が多い。
最初の攻撃は見かけとは違ってまっとうである事が多いのだが、それは最初だけ。
形態が進めば進むほど、今までのボスよりも格段にトリッキーな攻撃の応酬になり始める。
−最終面−
いよいよ最終面…当然ながらストーリー中でも最終決戦の場となるだけあり、
実際の演出面はとにかくとしてステージ冒頭から相当な緊張感がプレイヤーを襲うことだろう。
背景はやや大人しめで最初は普通な感じだが、最終面なだけあって段々とさらなる緊張感を持つ背景になる。
強そうな弾幕を吐くがそれは見掛け倒しで案外簡単に避けられるという新登場の敵や、
以前に登場した敵の一部が大幅強化されて再登場するのも最終面ならではの展開だろうか。
ステージ道中が全面中最も長く、BGMはたっぷりと2ループ強流れる事が多い。
BGMはイントロはやや暗めだが中ボス戦のあたりで今までに無いほどの盛り上がりを感じるサビが入り、
中ボス戦→ザコラッシュという流れの中で曲は2ループ目へと突入し始める。
曲の2ループ目ではまた普通の展開になりそうだったのが、再び盛り上がり始める。
しかし、サビに入ると中ボス戦で同じBGMが流れていたはずなのに妙に落ち着きつつも
敵の攻撃だけはステージ道中で最も激しい攻撃になっている。
そして、ラスボス戦直前では強烈な攻撃を仕掛けてくる強敵のラッシュがあり、それからラスボス戦へ。
ラスボスの攻撃は4面ボスからは想像できない程にまっとうだが、そのどれもが地味に強力なので
一見して特筆すべき事は無いような弾幕でも確かな実力がプレイヤーに要求される。
第二形態では、急に4面ボス以上にトリッキーな弾幕を織り交ぜつつもやはり地味な攻撃が中心。
しかし、最終形態になると先程とは逆に「本気でプレイヤーを殺しにかかる厄介な攻撃」ではなく、
今までに無い程の上下左右への派手な揺さぶりをかけ、全方位に対する総合的な弾避け能力を試す
「エンディングを見る資格があるかどうかの最後のテスト」という意味合いの強い弾幕である場合がほとんど。
−2周目−
ケイブ作品における2周目とは、単なる「ステージ数の倍増」では決してない。
ほとんどの作品において「ただ1周クリアできる」というだけではダメなだけの条件が課せられているだけあり、
「最終面の続き」という生易しいモノではなく、「歴戦の勇士しか辿り着けない戦場」というレベルになっている。
中型敵以上の敵の攻撃や弾速の強化ももちろんなされているが、何よりも小型敵の弾数の
致命的とも言える程の超大幅パワーアップにより完全に別のプレイ感覚へと変貌を遂げる。
打ち返し弾の存在がある場合は、相当緻密なパターン作成・実行能力が求められるように。
また、中ボス・ステージボスの攻撃は基本的に1周目での弾数を倍増して「速い弾と遅い弾の二重構造」
という風に強化にしたモノであることが多く、ソレに関しての対策は1周目のパターンがほぼ通用する。
元々最大表示スプライト量に引っかかりそうな弾幕については、その攻撃の強化は遠慮しがち。
また、基本的に敵の耐久力には変化が無いのがゲームバランスに細心の注意を払うケイブらしい。
ケイブの2周目といえば2周目のラストだけに存在する、俗に「カリスマボス」と呼ばれる小型機大のボスも有名。
全てが完全オリジナルの弾幕で、「驚異的・殺人的・象徴的」と三拍子揃った超強力な攻撃を仕掛けてくる。
最終形態での弾幕はどのカリスマボスのモノも語り草になるほどの激烈ぶり。
ボムを無効にするボムバリアも持っているので、文字通り「選ばれし者」しか勝てないようになっている。
…ちなみに、ケイブ作品で2周目が存在する場合はスタッフロールは2周クリアしなければ見られない上、
ランキング中での面数表記が「ALL」になるのも2周クリアした場合のみとなる。
ケイブは「スタッフロールを見る」という事を神聖な事だと考えているのだろう…それもケイブらしい。
初期の作品である『首領蜂』・『怒首領蜂』や、80年代シューティングへの原点回帰を掲げた『弾銃フィーバロン』、
ライジングのスタッフが大きく関わっているという『鋳薔薇』には一致しないかもしれないが、大体はこんな感じだろう。
ステージの展開といえば…「先の面に行くほど道中が長くなっていく」ことも特徴のひとつ。
序盤戦は軽く流し、終盤戦は本腰を入れる…そんなスタイル作りの密かな助力になっている調整なのではないか。
★スプライト性能への挑戦
−早くも見えた天井−
ケイブ作品は「弾幕」という大量の敵弾による新世界を世のゲーマーへ広く定着させることに成功したワケだが、
その第一歩である『怒首領蜂』からもう既に基板の性能の限界との戦いの幕は切って落とされていた…。
『エスプガルーダ』までのケイブ作品では数種類の基板が使われ、どれもスプライト性能を極限まで使っている。
チラツキなど無しに1画面内に表示可能な敵弾数は『怒首領蜂』の基板で約250発、
『怒首領蜂大往生』の基板で約210発というデータがケイブから公表されている。
…しかし、画面上で使われているスプライトは当然ながら敵弾だけではない。
自機や自機の弾、敵や爆発、アイテムなどといった背景以外の全ての物にスプライトは割かれているのだ。
例えば『怒首領蜂』の真のラスボスである火蜂に関するゲーメストのインタビューの話だが、
当初から火蜂は「スプライトを極力敵弾に割きたい」という理由でわざわざ小型機大のボスになったらしい。
その異様な存在感と強さから「カリスマボス」と呼ばれる事もあるが、この様な理由が影にはあったのだ。
−使用スプライトの節約−
ケイブ作品は2人同時プレイをすると何らかの支障が生じる作品が多い。
『ぐわんげ』は両方が式神攻撃をしようとすると片方から1発も弾が出ないという現象が起きる。
『怒首領蜂大往生』『ケツイ絆地獄たち』『エスプガルーダ』は1人プレイ時とは違い
A押しっぱなしでの各種攻撃手段が1フレーム毎に2人のソレが点滅・半透明になる。
プレイヤーの攻撃ですら使うスプライトをケチり、できるだけ敵と敵弾に割いているのだ。
どれも2人プレイだと通常は2周目に突入できないのも、2人のプレイヤーへとスプライトを割いていると
2周目での弾幕でキャラオーバーが起きまくってしまうからなのではないのだろうか?
2周目に突入してから乱入すればどんなモノになるかは実証できるのだろうが、ここでは無視する事にしておこう。
また他にも、気にならない程度の小さな違いだが…ケイブ作品にある「自機の影」は
2周目が存在する作品の2周目では密かにオミットされている事がほとんどであるはずだ。
もともと影があっても無くてもゲーム中では気付かないレベルの話ではあるのだが、
本来表示されるはずの「影」が表示されないという事は、スプライト量の節約であるとしか説明がつかない。
−常時限界ギリギリ−
ケイブ作品の、基板のスプライト性能の限界との戦いは弾に関する事だけではない。
敵弾が多いだけではなく、かなり大きめなグラフィックのアイテムが画面内に大量に出現する
『ケツイ絆地獄たち』や『エスプガルーダ』は、アイテムが1フレーム毎に点滅する半透明状態になったり
キャラオーバーを起こしたり、画面を縦断する巨大な画面ノイズが発生したりしやすい。
特に『ケツイ絆地獄たち』では、2周目になると倍率加算システムが1周目から大幅にアレンジされて
「打ち返し弾を1発撃たせる度に倍率が1ずつアップする」という風なシステムに変更されている。
1周目での「一個一個のグラフィックが大きい倍率アイテムを大量に降らせる」という、
スプライトを敵弾以外の部分に大幅に割かねばならないシステムは「大量の打ち返し弾」という
1周目と差別化する為のシステムを導入するためにオミットせざるを得なかったのであろうと思われる。
また、敵を倒したときに敵に掛かっていた倍率が表示されるのは1周目も両2周目も同じなのだが、
2周目ではその倍率表示が1フレーム毎に点滅を繰り返す擬似半透明処理が施されている。
これも密かなスプライト量の節約であると言えるだろう。
また、裏2周目の真のラスボスであるエヴァッカニア・ドゥーム戦の話だが、
「倍率カウンターが一切表示されなくなっている」のは極限まで無駄を無くして敵弾へスプライトを割きたいからではないだろうか
−常軌を逸した進化が示す結果−
ケイブは2004年発売の『虫姫さま』からは「1画面内に約2000発」という、以前のほとんど8倍の数の敵弾を
表示できる様になった上にその他の部分も強化されたというとてつもない高性能基板を投入した。
今までのケイブ作品どころかシューティング業界でも常識外れとしか言い様がない程の驚異的な数の
敵弾を表示できるようになったのだが、その突然変異のような急激な進化は『弾幕シューティング』という
ジャンルそのものの表現と、弾幕とゲーム性との両立を保っての進化の終着点を思わせるモノでさえあった。
1画面に250発という『弾幕シューティング』の初期の段階…これまでの段階ですら
敵弾で画面がいっぱいになる程の弾幕がゲーム中で展開されていたのにも関わらず、
『虫姫さま』のウルトラモードでは以前の作品の軽く数倍の敵弾が1画面内に密集するようになっているのだ。
それは「弾避けをしている」というよりは「蠢く紫色の塊に画面が埋め尽くされ、それに動かされている」に近い状態。
確かに今までに無い表現だが、そこまで敵弾が多いと「気持ち悪い」「見づらい」という気も一度は起こるはずだ。
優先順位は他のケイブ作品同様に基本的に「敵弾最優先」なので画面が紫一色になり、異様極まりない。
肝心のゲーム性においても、「異常な弾密度のせいで地形の様になっていて回避不可能な領域」が生じるなど、
既に『弾幕シューティング』ではなくて『地形回避シューティング』の様相を呈している部分も少なくないのだ。
「高密度の弾と弾の間に潜り、弾幕に応じた動き方で弾を回避していく」というスタイルが
ケイブが『怒首領蜂』の時から提唱している『弾幕シューティング』の本来のスタイルであるはずなのだが、
『虫姫さま』のウルトラモードでは「あまりに攻撃が高密度すぎて誘導とコンコン避け」に頼らざるを得ないような
そんな本来のスタイルからどんどん外れていくゲームバランス調整がなされているのだ。
自分はケイブ関係者ではないのでこれからのケイブのゲームの方向性は全く予想できないワケだが、
『虫姫さま』のウルトラモードが「これからのスタンダードにするのではなく、一度徹底的に弾数を増やしてみた」
という実験的な意味合いのゲームである事を切に願っている。
★悲劇的なエンディングの多さの考察(ネタバレ注意)
ケイブの作品で特徴的なのは弾幕などのゲーム性や、BGMだけではない。
ケイブのシューティングのエンディングのほとんどが後味が悪い事も印象深い。
せっかくの感動も単純なモノではなく、悲しみや暗さなどもつきまとう感動がプレイヤーに提供される。
モロにネタバレだが、個人的に特に後味が悪かったと思うケイブ作品のエンディングを大まかにまとめてみた。
『怒首領蜂』2周ED:この戦闘だけで地球の人口過多と環境破壊が解消されるほどの莫大な犠牲が…。
『ぐわんげ』小雨ED:勝利が式神との別れを意味する事は全キャラ共通。小雨は式神・八飛車と親交が篤い為に…。
『怒首領蜂大往生』:ショーティアは記憶と感情が消え、レイニャンは成り行きから封印され、エクスィは暴走して処分され…。
『ケツイ絆地獄たち』:元々達成しても死ななければならない任務なので、悲壮感漂うキャラ毎の心情と戦いの結果が…。
『虫姫さま』:アキは後継者をレコにしようと決意してわざと戦い、その結果アキを死なせたレコは悲しみに暮れる…。
『弾銃フィーバロン』の「ラスボスと和解」というオチは例外的だが、ここで紹介しなかった他のエンディングも基本的に暗い。
一体、ケイブ作品はなぜこのテの「嫌な予感がするストーリー」と「悲しく暗いエンディング」が多いのだろうか…?
持論ではタイトーの中でも高い評価のエンディングを持つシューティング『メタルブラック』などの影響だと推測。
最終的には地球意志のようなモノと対峙するといった非常に複雑な展開とエンディング…。
筋が通りつつもスケールが大きく複雑な展開を見て「熱くなる人間」と「そうでない人間」…どちらが多いのか?
答えは…この2作品のエンディングが高い評価を受けている事から察するべきだろう。
自分以外の他からの意見に興味深いものがあったので、それを書いてみると…
・単純なストーリーが好まれない近年ではその方がウケが良い
・戦闘機などの「死ぬ危険が大きい」兵器で戦うストーリーにハッピーエンドはありえない
・単独で大群に対して決死の覚悟で突入するタイプのストーリーは基本的に報われない
…といった所であろうか。言われてみれば納得できるような気がする。
2005年11月28日(月)・村上超魔王